2009年01月03日
正月の諸行無常あれこれ
年末年始で三重県の実家に帰省していたが、つい先ほど名古屋の自宅に帰って来た。
ほっと一息、ひとっ風呂いただいて、いまこのブログを更新している。
さて、このお正月に観じた「諸行無常」のあれこれをまとめておこうと思う。
まず、老人ホームで介護を受けながら生活している祖母を見舞いに行った。

93歳を過ぎて、認知症はずいぶん進み、私のことが誰だか、もはやわからなくなってしまった。
その反面、肌はつやつや、生気は漲っていて、ますます元気。
話をしていると、まるで少女のようである。
こりゃ、2009年もお葬式とは無縁だな。
それから、カミさんが実家の台所にある、食器棚の奥深くからこんなものを発見した。

私が幼稚園児の時代に愛用した『小さなバイキング ビッケ』のお弁当箱。
なんていうんだっけ、アルマイトだっけ?こういう金属の素材。
なつかしいなぁ・・・。
この弁当箱を使っているころの私と、同じ年頃の娘がいるのだから、時の移ろいの早さに、ただ驚くばかりである。
で、この正月の最大の「諸行無常」ネタは、同窓会である。
大内山村は人口が当時でも2000人程度で、クラスメイトはたったの27人。
小学校一年生から中学三年生まで、そのままの人数で変わりがないので、クラス替えの経験がないまま、9年間、毎日毎日同じメンバーと学業をともにした。
ただ、私はこの同窓会への出席については、正直なところ少しためらいを感じていた。
話せば長くなるが、中学を卒業したあと、皆がJR紀勢本線で高校に通う中、私は違う地域の高校に入学、しかも寮生活だったので、ずいぶんみんなとは疎遠になってしまった。
また高校時代、週末などに寮から実家に帰る列車の中で、かつてのクラスメイトに出会っても、あまり話も合わず、輪にも入れず、ついには彼らと話をしたりするのが、すこし苦手になっていたのである。
そんな事情もあったが、あれから20数年、大人になった皆の顔を見たいという気持ちもあり、思い切って出席を決めたのであった。

集まったのは、27人中18人。けっこうな出席率である。
みなでよせ鍋をつつきながら、酒宴が進み始めた。

男子はほとんど皆が、中年ぶとりし、女子は見るからに「お母さん」もいれば、「結婚なんかしないわよ」といった感じで、【家庭のニオイ】がまったくしない姐さんもいる。
ただ、みんな一様に言えるは、高校生だった頃のトゲトゲしさがない。
眼光がおだやかで、やさしいのである。
「よく来た」「お前ともっと話したい」「送ってやるから、帰るなんて言うな」
そんな優しい言葉を、たくさんかけてもらった。
そこには、何のわだかまりもなく、ただ昔を懐かしむ小中学校時代の『アイツら』が、そのままオッサン・オバサンの顔をしているばかりなのだ。
楽しかった、嬉しかった。
「来年は同窓会ということではないが、1月2日には、必ずこの店で飲んでいるからお前も来い」
と、最後に声をかけられて、宴席を後にした。
ちなみに、一番の諸行無常は、中学時代、ガリガリに痩せていた私が、ずいぶん丸くなったことだろうか。
外見は相当変わったことは、自分でもよくわかる。
きのうの記事のコメントに「むつみ」さんという方が、コメントをくれているが、実は彼女もこの同窓会の出席者。
彼女が指摘する、私の中身は変化というのは、いったいどんなところをさしているのだろうか。
ちょっと気になる。
↓クリックのご協力をお願いします!!

業務連絡というか・・・たずね人
我々と同級生で、兵庫県尼ヶ崎市に引っ越していった、江尻一斉(えじりかずよし)君。
それから、三重県菰野町に引っ越していった、吉川陽子さん。
彼女は結婚して姓が変わっているかも。
お二人に連絡がつきません。
まあ、このブログを見ているとは思えないけど、もし自分の名前で検索して、このブログにたどりついたら、ご一報ください。
zuirushinzanあっとまーくyahoo.co.jp
また同姓同名の人物をご存じの方がいらっしゃったら、どうか教えてくださいませ。
いずれも三重県の大内山小学校への在籍歴があり、昭和44年生まれ。
今年で40歳になります。
江尻君は、大阪か神戸の大原簿記専門学校へ通っていたはずです。
ほっと一息、ひとっ風呂いただいて、いまこのブログを更新している。
さて、このお正月に観じた「諸行無常」のあれこれをまとめておこうと思う。
まず、老人ホームで介護を受けながら生活している祖母を見舞いに行った。

93歳を過ぎて、認知症はずいぶん進み、私のことが誰だか、もはやわからなくなってしまった。
その反面、肌はつやつや、生気は漲っていて、ますます元気。
話をしていると、まるで少女のようである。
こりゃ、2009年もお葬式とは無縁だな。
それから、カミさんが実家の台所にある、食器棚の奥深くからこんなものを発見した。

私が幼稚園児の時代に愛用した『小さなバイキング ビッケ』のお弁当箱。
なんていうんだっけ、アルマイトだっけ?こういう金属の素材。
なつかしいなぁ・・・。
この弁当箱を使っているころの私と、同じ年頃の娘がいるのだから、時の移ろいの早さに、ただ驚くばかりである。
で、この正月の最大の「諸行無常」ネタは、同窓会である。
大内山村は人口が当時でも2000人程度で、クラスメイトはたったの27人。
小学校一年生から中学三年生まで、そのままの人数で変わりがないので、クラス替えの経験がないまま、9年間、毎日毎日同じメンバーと学業をともにした。
ただ、私はこの同窓会への出席については、正直なところ少しためらいを感じていた。
話せば長くなるが、中学を卒業したあと、皆がJR紀勢本線で高校に通う中、私は違う地域の高校に入学、しかも寮生活だったので、ずいぶんみんなとは疎遠になってしまった。
また高校時代、週末などに寮から実家に帰る列車の中で、かつてのクラスメイトに出会っても、あまり話も合わず、輪にも入れず、ついには彼らと話をしたりするのが、すこし苦手になっていたのである。
そんな事情もあったが、あれから20数年、大人になった皆の顔を見たいという気持ちもあり、思い切って出席を決めたのであった。

集まったのは、27人中18人。けっこうな出席率である。
みなでよせ鍋をつつきながら、酒宴が進み始めた。

男子はほとんど皆が、中年ぶとりし、女子は見るからに「お母さん」もいれば、「結婚なんかしないわよ」といった感じで、【家庭のニオイ】がまったくしない姐さんもいる。
ただ、みんな一様に言えるは、高校生だった頃のトゲトゲしさがない。
眼光がおだやかで、やさしいのである。
「よく来た」「お前ともっと話したい」「送ってやるから、帰るなんて言うな」
そんな優しい言葉を、たくさんかけてもらった。
そこには、何のわだかまりもなく、ただ昔を懐かしむ小中学校時代の『アイツら』が、そのままオッサン・オバサンの顔をしているばかりなのだ。
楽しかった、嬉しかった。
「来年は同窓会ということではないが、1月2日には、必ずこの店で飲んでいるからお前も来い」
と、最後に声をかけられて、宴席を後にした。
ちなみに、一番の諸行無常は、中学時代、ガリガリに痩せていた私が、ずいぶん丸くなったことだろうか。
外見は相当変わったことは、自分でもよくわかる。
きのうの記事のコメントに「むつみ」さんという方が、コメントをくれているが、実は彼女もこの同窓会の出席者。
彼女が指摘する、私の中身は変化というのは、いったいどんなところをさしているのだろうか。
ちょっと気になる。
↓クリックのご協力をお願いします!!
業務連絡というか・・・たずね人
我々と同級生で、兵庫県尼ヶ崎市に引っ越していった、江尻一斉(えじりかずよし)君。
それから、三重県菰野町に引っ越していった、吉川陽子さん。
彼女は結婚して姓が変わっているかも。
お二人に連絡がつきません。
まあ、このブログを見ているとは思えないけど、もし自分の名前で検索して、このブログにたどりついたら、ご一報ください。
zuirushinzanあっとまーくyahoo.co.jp
また同姓同名の人物をご存じの方がいらっしゃったら、どうか教えてくださいませ。
いずれも三重県の大内山小学校への在籍歴があり、昭和44年生まれ。
今年で40歳になります。
江尻君は、大阪か神戸の大原簿記専門学校へ通っていたはずです。
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この記事へのコメント
1. Posted by ゆき
2009年01月04日 02:37
初めてメールします。2日は会えてよかったです。
ほんまに久しぶりやったから・・・感動でした。
出家されてるって聞いてびっくり!でもすごいな〜っておもいます。
私ってよく考えたら昔から男子とはあんまり話とかしてなかったから ぜんぜん話題がないし、
話しかけてくれてうれしかったです。
今回の同窓会は久しぶり〜が多くて楽しかったし
私もずいぶん変わってると自分では思いますが・・・どうでしょうか?
また何年後(4年後?)かにある同窓会でできれば全員参加で会いたいですよね。そのときはうちの子連れて行こうかなって思っております。ではまたおじゃまさせていただきますね。ばいばい!!
ほんまに久しぶりやったから・・・感動でした。
出家されてるって聞いてびっくり!でもすごいな〜っておもいます。
私ってよく考えたら昔から男子とはあんまり話とかしてなかったから ぜんぜん話題がないし、
話しかけてくれてうれしかったです。
今回の同窓会は久しぶり〜が多くて楽しかったし
私もずいぶん変わってると自分では思いますが・・・どうでしょうか?
また何年後(4年後?)かにある同窓会でできれば全員参加で会いたいですよね。そのときはうちの子連れて行こうかなって思っております。ではまたおじゃまさせていただきますね。ばいばい!!
2. Posted by 匿名希望のおさるさん( *´∀`)
2009年01月04日 02:43
ドモドモ同窓会お疲れさんでした。隅っこで鍋奉行をしてたクラス一番のノッポさんですよ〜ヽ( ´ー`)ノ
正直アンタを見たとき一瞬誰か判らんだよwww
同級生の中で一番外見が変わったのは間違いなくアンタだm9(^Д^)
たまにはああやって懐かしいメンツで集まるのも楽しいもんですね。また機会を見て集まりたいなぁ〜。
おいらはいつでも地元にいるんで帰ってきたら声かけてくださいな。それではまた〜ヽ( ´ー`)ノ
正直アンタを見たとき一瞬誰か判らんだよwww
同級生の中で一番外見が変わったのは間違いなくアンタだm9(^Д^)
たまにはああやって懐かしいメンツで集まるのも楽しいもんですね。また機会を見て集まりたいなぁ〜。
おいらはいつでも地元にいるんで帰ってきたら声かけてくださいな。それではまた〜ヽ( ´ー`)ノ
3. Posted by 真山
2009年01月04日 09:30
ゆき様
コメントありがとうございます。
ずいぶん久しぶりでした、元気そうでなによりです。
ところで、私は出家しているワケではなくて、在家のまま仏弟子、つまり得度したわけであります。
まだまだお坊さんにはなっておりませぬ!!
ぜひ次回もお会いできるよいいですね。
大内山にいるのであれば、四年後を待たず、1月2日の夜にあの店に行ってみれば?
コメントありがとうございます。
ずいぶん久しぶりでした、元気そうでなによりです。
ところで、私は出家しているワケではなくて、在家のまま仏弟子、つまり得度したわけであります。
まだまだお坊さんにはなっておりませぬ!!
ぜひ次回もお会いできるよいいですね。
大内山にいるのであれば、四年後を待たず、1月2日の夜にあの店に行ってみれば?
4. Posted by 真山
2009年01月04日 09:35
匿名希望の鍋奉行さま
いろいろと、やさしい言葉をかけてくれてありがとうございました。
それこそ、またかつてのメンバーでバンドでもやりたい気分です。
ところで、ブラザーの社員さんとちょっとした取引がありますので、その線で山際センセを探してみます。
消息がわかったら、すぐに連絡します。
それと、君のケータイを聞き忘れたので、zuirushinzanあっとまーくyahoo.co.jpまでお願いします!
いろいろと、やさしい言葉をかけてくれてありがとうございました。
それこそ、またかつてのメンバーでバンドでもやりたい気分です。
ところで、ブラザーの社員さんとちょっとした取引がありますので、その線で山際センセを探してみます。
消息がわかったら、すぐに連絡します。
それと、君のケータイを聞き忘れたので、zuirushinzanあっとまーくyahoo.co.jpまでお願いします!
5. Posted by むつみ
2009年01月04日 13:26
中身が変わったな〜と思ったのは、そうやって、人に感謝の気持ちを表せるようになったとこだよ〜ん(^-^)v。中学の頃はもちろん、二十歳の頃もまだ“俺が一番”的なものの言い方してたよ〜。自分じゃ気づいてなかった?。自分の態度が、他人の態度を変えるんだと思うよ。君が嫌だと思えば、相手も嫌だと思うし、君が好意的なら、相手も好意的になるってことだよ。どっちが先かではなく、自分がどうするかだと思うよ。
6. Posted by 真山
2009年01月04日 15:04
むつみさま
再コメントありがとうございます。
そうじゃないかなぁ〜なんて思ってはいましたが、はっきりしました。
ありがとうございます(苦笑)。
よほどのことでもないかぎり、人は変われないと思っていましたが、どうもそうではないようですね。
自分が変われば世界もかわりますね。
ご指摘の通りです。
再コメントありがとうございます。
そうじゃないかなぁ〜なんて思ってはいましたが、はっきりしました。
ありがとうございます(苦笑)。
よほどのことでもないかぎり、人は変われないと思っていましたが、どうもそうではないようですね。
自分が変われば世界もかわりますね。
ご指摘の通りです。
7. Posted by
天真
2009年01月04日 18:57
充実したお正月だったようですね。お祖母さん何時までもお元気でいて欲しいですね。私は祖母が亡くなってから今年で23回忌ですので、お祖母さんがご存命の方が羨ましいです。昨年友人のお祖母さんが95歳、100歳で他界されましたが、90歳を超える方は総じて徳のある方です。真山さんも桃ちゃんを連れてお祖母さんに会いに行く・・エライ!!。
8. Posted by 真山
2009年01月05日 09:07
天真さま
あけましておめでとうございます。
充実した・・・というよりは、忙しい年末年始でした。
なんといいますか、祖母は夫が戦死し激動の昭和を、女手ひとつで4人の子供を育てあげた、強い人です。
そんな祖母の認知症が進んでいくのが、なんか切なくて・・・。
お見舞いには、カミさんも谿声も連れて行ったのですが、もう誰が誰で、誰の子供か孫なのか、もうさっぱりです。
あけましておめでとうございます。
充実した・・・というよりは、忙しい年末年始でした。
なんといいますか、祖母は夫が戦死し激動の昭和を、女手ひとつで4人の子供を育てあげた、強い人です。
そんな祖母の認知症が進んでいくのが、なんか切なくて・・・。
お見舞いには、カミさんも谿声も連れて行ったのですが、もう誰が誰で、誰の子供か孫なのか、もうさっぱりです。



